近況

このブログも更新しないのが当たり前になってしまいました。

最近では、”更新してないね~”も言われない様になってしまった。


既に最後に更新してから4ヶ月が過ぎた。
この間、あまりにもネガティブな事が多すぎて、なかなか書く気ににならなかったのと、
様々な雑用が重なり、ついにもう一つ任務を背負う事が決まった。これらの事で
ますます、ここから遠のいてしまいました。

今回の仕事ははあまり大変でない任務なので、まあ1つ2つくらい増えても関係無いか~と思い
引き受けさせて頂きました。

しかし

よく考えてみると、今まで引き受けた任務についても100%出来ていない中、
大丈夫かな?と脳裏をよぎる不安もあります。

ダラダラと完成度の低い仕事をただこなしていく・・・・凄い無駄な時間を過ごしている・・・・

今日は、この状況に決別を告げるべくパソコンに向かっています。

これらの任務は実際ボランティアでやらせて頂いているものなので、口には出さなくても
心のどこかで”やってあげている”的なところがあったように思います。

そんな気持ちでやっていても、自分自身つまらないし、人のためにもなっていない。

これを打開するには、考え方を180度変える必要がある。


その決意の内容は・・・・(あまりたいしたことでは無いけど、つづく・・・)

2007年、今年の世相を反映した一文字に”偽”がえらばれた。

2年ほど前の耐震偽装からはじまった、一連の”偽”が今年は色々な業界から噴出した。
特に、食品業界においては、次から次へと有名企業の名前が挙がってきた。

衣食住という人間の生存の根幹に関わる部分においての問題だけに、関心は大きいと思われる。

それに加え、例の消えた年金問題も混迷を深め、大臣も、既にあきらめムードの発言をしている。

日本の国民の生活崩壊が既にはじまってきていると思う。

こういう状況の中、ふと日本という国は、国家として何をしているのだろうと思った。

こつこつと働き、日々の健康に幸せを見いだし、正しく税金を納め、ちゃんと年金を納め、当たり前ではあるが、法律を守って、慎ましく生活している大多数の日本人に対して、正しい道を照らし、導く役目である、役人や議員たちはどんなことを考えて日々の生活を送っているのだろうか?

ちゃんと国民の側に立って考えているのだろうか?

まさか、国民の支配者と考えているのではなかろうか?

そうではないと思いたいが、そう思わせられる場面も最近では多いように感じる。
もし、こんな考え方をする人が多数となれば、国家の存続は出来なくなってしまう。

そんな国になる前に何とかしなければならないのではないかとも思う。
具体的な案は無いが、ただ単純に一人一人が出来る限りのことを黙々とするしか
方法は無いだろうと思う。

自分も黙々と頑張りたい。

黙々と、黙々と、頑張るしかない。

祝・陸上部100周年

我が母校は日本で1,2に古い歯科大学でそれが卒業生の誇りでもある。

昨日、その大学の陸上部創部100周年記念誌が送られてきた。

わが陸上部は伝統があるため、医歯薬系で唯一箱根駅伝に出場したことがあり、戦前はオリンピック選手も輩出した名門であった。

その歴史が、1ページ1ページにに刻まれており、大変充実した内容で読み応えがあった。

構成も良くできており、この編集に携わった先生方には大変感謝し、また、私も
その歴史の1ページに加わることが出来たことに感動しました。

学生時代の私は、スキー部、との兼部という中途半端な立場での参加でしたが、
皆様のおかげで、6年間を全うすることが出来たのだと思います。

今後も、この伝統に恥じないように様々なことに研鑽していきたいと思います。


・・・・・時が経つのはあっという間だと言われ、自分でも日々時の経つのは早いと感じている。
ただ、今回、100年という歴史の重みを感じることが出来た。

日本にもその何十倍の歴史がある。
歴史上の人物にはならなくとも、無名の偉大な人達がみんなで歴史を作っていくことを感じた。

私たちは、子孫に恥じることのない歴史を作っているのか?
これを機会に少し考えてみたいと思った。


虜人日記

先週ある本を読んでいたところ、虜人日記という著書が出ていることを知った。

小松真一さんという方が、第二次世界大戦中フィリピンで体験したことを綴った書物である。

小松さんは当時アルコール醸造の技師としてフィリピンに入った為、日本軍というものを客観的に
見ることの出来る立場でこれを書くことが出来た。

恐らく当時を知る大変貴重な資料の一つといえる。(文庫本にも関わらず、1300円という値段・・・内容に価値がないと高い!と感じるが、情報価値としてはこの値段でも安すぎると感じた。)

この本を読んで感じることは、”あの戦争は、負けるべくして負けたのだ”ということ。

人間が極限状態におかれたときにどのような行動に出るか?


食べるものが無くジャングルをさまよう。そのときに隣にいる仲間を殺してでも、自分が助かろうとするのか?それとも、部下のために自分が犠牲になり、部下を生かすのか?

生死がかからずとも、今も繰り返される現実。人を欺き、犠牲にしてまで自分を生かそうとする社長。○○長。
上に立つ人達が、上に立つ資格のない人達によって構成される社会。


私も、一応、院長という立場。皆の範たろうとするが、このような究極の状況になったとき、果たしてそういう気持ちでいられるかどうか?日々問い続けたいと思った。


自殺と切腹

今日、松岡農水大臣が自殺したとの報道があった。

色々な疑惑で追及されていたことから、自殺と見られている。

恐らく、疑惑通りの事をしていたのだと思うが、個人的には
こういう結果に対しては非常に残念に思う。

まさかとは思うが、口封じのために殺されたということが無いことを願うばかりである。

ところで、近年自殺がますます増えているように思う。
○○を苦に・・・・というが、生きていれば苦労は怒濤のように
やってくるのが普通ではないかと思う。

その苦を一つ一つ乗り越えることが、人生の醍醐味ではなかろうか?

楽しいことばかりで過ごしていても、無味乾燥で何の味わいもない
つまらない人生になってしまう。

かつて日本には切腹というものがあった。

切腹は自殺の一種かも知れないが、自殺と明らかに違う点は、自殺は苦から逃げるために
自らに手をかけることであり、切腹は苦や責任を背負って自らに刃を向けるものであるところに
あると思う。

死者に対して鞭打つ事は言いたく無いが、
これを機会に皆さんに自殺を自重して頂きたい一心であえて一言言いたいと思います。

松岡農水大臣は切腹の気概があったのか否か。


今日の独り言は 不遜で申し訳ございませんでした。

日本の組織の悪い例

またまた国民年金が世間を騒がせています。

5000万件が宙に浮いているとのこと。”身に覚えがあれば、申し出て下さい。”って
申し出なければ、うやむやになると言うことでしょうか?

半強制的に徴収した上で、自分とこのデーターの管理が変更になって
うやむやになったので、自己責任で何とかしなさい。と言うことです。

自ら、5000万件を追跡調査すべき事なのに・・・。生命保険が未払いで問題になったときに
政府としては指導したハズ。

このまま全てが未払いにならないにしても、件数の多さは、開いた口が塞がらないほどの件数です。

”手書きのデータは処分したので、入力ミスがあったかどうか、確認出来ない。不服申し立ては、払い込みの領収書をもって申し出て下さい。”

??????

そんなことしてて、誰も責任を取る人が出てこない。
責任者はどんどん、天下りでどこかで何かしてる。(何もしてないかも)

下の人はこつこつ真面目に働いている人も多いと思われるが
”社会保険庁に勤めている”ことで世間からはいい目で見てもらえない。

こんな、構造は一般の会社ではあり得ない(こんな事してたら、つぶれるか、詐欺罪に問われる。)
が、公的な組織では、結構見られるのではないかと思う。


だれも責任を取らない。

責任を取らなきゃいけないなら、トップから下の人まで、全てに緊張感が生まれる。

誰も責任を取らなくて良ければ、適当でもいいと思う。それが人間。
”人間だもの みつを” じゃないけど・・・・

このままだと、とんでもない社会になってしまう。
少なくとも、我々一般人は誰が、どんな事をしていたとしても、
こつこつ、善きことを思い、善きことを行う。を地道にやって行かなきゃならない。

とんでもない社会にならない様にするには、一人一人浮き足立たずに
真面目にこつこつ。。。。


(自分に言い聞かせてます・・・)

近頃の銀行って

最近、ようやくネットで振り込みをするようにしました。以前からこういうサービスがあるのは知っていましたが、こんなに便利なモノとは知りませんでした。

業者への支払いが毎月発生しますが、今までは銀行の自動支払機に並び、2件ほど振り込みをし、後ろの人に譲り、また列について・・・。という風に振り込んでいたので、時間も無駄ですし、営業時間も決まってます。
また、10万円以上は現金では振り込めなくなりました。

それに比べて、インターネットなら時間的にも気づいたときに予約が出来ますので、非常にストレスが減ります。確かに、キュリティーの問題がありますが、この問題をクリアすれば大変便利なサービスだと思います。

これからは送金等の業務は窓口、機械でやることは全く無くなるでしょう。
また、日々の支払いなどもデビットカード、クレジットカードの使用でキャッシュレスの時代がもう来ています。

話は少し変わりますが、少し心配なことがあります。

以前は金本位制で、金の保有に裏付けられたお金を発行していました。

そのうち、金本位制を取らない社会になりました。
現代はいわば、キャッシュ本位制でキャッシュレス社会になっていると言えます。

想像できませんが、今後キャッシュの裏付けのないキャッシュレス社会になっていくとすれば
新たな法律、規範を作らないと大変なことになってしまいそうです。

もちろん、昔も今も、そして未来においても一番大切なのは一人一人の道徳心なのですが・・・・。

自転車通勤

今、自転車通勤をしている。

ゴアさんの講演をテレビで見たからである。

今年の冬は、まさに地球温暖化を思わせるような暖かさだ。
大体、今年は雪かきを全くしていない。

一昔前の東京と同じくらいの陽気だと思う。

自分の自転車通勤がどれほど効果があるかわからないが、
”ハチドリの挿話”を思い出し、いま、頑張っている。

この挿話は有名だが、知らない人もいるかも知れないし、
自分なりにアレンジしたのでここでご紹介したい。

####

とある大きな森で、山火事が起こりました。

火はみるみると広がっていきます。

その森には、さる、狐、熊、オオカミ、ハチドリをはじめ、多くの動物たちが暮らしていました。

その動物たちはみんな一目散に逃げていきました。

しかし、ハチドリだけが、火の方へ向かっていったり、湖の方へ逃げていったりしていることに
みんなが気づきました。

よく見ると、くちばしの中に水を含んで、火にかけていました。

”おい、ハチドリさん!そんな事しても、火は消えないよ!”

とサルが言いました。

”そんなことわかってるけど、自分は自分の出来ることをしているだけ・・・・
みんなの森を守りたいと思っているだけ・・・”

と言ってまた、水をかけに行きました。


サルは”はっ!”と思い、みんなに呼びかけます。
”みんな自分の出来る事をしようじゃないか!”

”何したら良いんだよ!”みんなが聞き返します。

”そうだな。。じゃあ、熊さんは火の周りの木を片っ端から倒してくれ!”

熊は怪訝そうな顔をして聞きます。

”どうして、木を倒すんだ?”

”まえ、本で読んだことがあるんだけど、江戸時代の火消しは、家を壊すことで、周りに火が広がる
事を防いでいたらしいんだ。だから、森の場合もそうじゃないかと思うんだよ。。”

熊は合点して木を倒しに向かいました。

”狐さんは、人間の言葉がしゃべれるんだから、山里に住んでいる人に山火事が起こったことを
知らせてくれ!奴らは火を消す機械を持っているんだ。”

”わかった!姿が見られないように、草むらから、大声でつたえるよ!”

狐は、山を下りていきました。

そのときオオカミが”俺はみんなの嫌われ者だし、力もなければ、人間の言葉もしゃべれない。
お猿さんの様に頭も良くない。何も、手伝えないな・・・”とつぶやきました。

そこで、サルは
”そうだ、オオカミさんには、誰にも負けない早い足があるじゃないか!隣の森にもこの事を伝えて、
応援を呼んできてくれ!これはオオカミさんが一番適任だよ!”

”わかった、俺も頑張るよ!”頼りにされ、まんざらでもないような顔をしながら疾風のように
走っていきました。


・・・・・一人一人の力だけではどうにも出来ない山火事でしたが、
    一人一人が出来ることをしたおかげで、間もなく火は鎮火しました。

この話を聞いて、私は、自分の非力さを再確認すると同時に、
非力ながらも、自分の出来る限りのことをしようと思いました。

もちろん、この話は作り話に過ぎませんが、どんな場面にも、当てはまる事を
示していると思います。


ハチドリの”自分の出来ることをしているだけ・・・”

と言う言葉を繰り返しながら、今日も、帰宅します。。。

暖冬

今年は冬になって雪らしい雪を見ない。

例年なら、12月にちょっと降って、この時期には一回目の”ドカン”が来ても良い頃なのに・・・
ドカンどころかパラパラも来ない。

  (注)”ドカン”=私の中では、雪すかし(雪かき)の必要な降り方をこう呼んでます。

今日も雪でなく、雨が降ってる。

この前、ゴアさんがTVに出て、地球温暖化の危機を熱弁されていたが、
もしかしたら、ゴアさんが予想しているよりも、もっと速いスピードで
温暖化の悪影響が出てくるかも知れない。

そこで私は今日から、車での通勤を控えて、自転車での通勤に切り替えることにした。
朝、40分ほどのサイクリングだが、思ったほど辛くは無かった。

しかし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

診療所に到着して、あることに気づいた。


診療所の鍵をワスレテシマッタ!!

また、40分かけて自宅に戻り、車で通勤しました。

そして地球の温度がまたすこし上がりました。

あけましておめでとうございます

日本人にとっての一番の区切りは、なんと言っても年末と新年の境目でしょう。

皆さんは今年の目標をたてられましたでしょうか?

私はいつも、新年の目標は”必死に頑張れば出来るけど、ぼんやりしているとなかなか出来ない”目標をたてることにしています。

当然、目標を完遂することはなかなか出来ませんが、あまりにも、ハードルを低くしても、張りあいが無いし、ハードルが高すぎても、道半ばであきらめるしか無くなってしまうからです。

いくつかある今年の目標の一つは、ここ1年間休止していた、運動を再開して、継続すること。です。

最近は、診療以外にも色々な仕事、勉強があり、決まった運動の時間がほとんど取れません。


何とか運動する時間を作って、頑張りたいと思います。